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目標をもって行動するということ

組合の新聞の、評価育成システムへの批判の記事について思う。

過去、自己申告票や管理職の勤務評価を総合的に判断して、給与に差のつくシステムになっていることがあった。今は、評価が良い意味でも悪い意味でもとびぬけていない限り、給与には影響しないという。であるならば、自己申告票などただの紙切れである。しかし、それは廃止しろという意味ではない。

確かに、生徒の授業アンケートについては、あり方を問い直すべきであると思う。たとえば、宿題を出したことのない授業であっても、生徒との関係がうまくいっていれば(まあ、往々にして、なれ合いなのだが・・・)「課題の量が適切である」という項目の評価が高いとかいうことがざらにある。要は、生徒との関係の良好さを図るだけであって、各項目の内容がそれほど正確に評価されているとは思えないのである。

生徒は客観的にものが判断できるほど大人ではない。あるクラブの部員は、強制されているのか自発的か、顧問のアンケートをすべて最高の評価にする。あるクラスでは、あの先生をはめてやろうという声が生徒から出て、意図的にその先生の評価が低くつけれれている。こんな話ももまた、ざら、である。これが「生徒」の実体なのだから。このようにしてつけられたアンケートの結果の、どこを参考にすればよいのであろうか。

しかし、授業改善の一環として、生徒の声を聞く機会は必要だ。ただ、いまよりも客観的な結果を得られるようなシステムに改善しなければならぬと思うのである。どうすればよいのか、自分自身、正解を得ているわけではないのであるが、感触を得ている方法はある。「自分の授業改善のために、正しく書いてほしい」という思いを、生徒にぶつけたうえで、教科担当各自が授業の中でアンケートを取る。手厳しい意見も見なければならなくなるが、であるがゆえに、客観的であると思うのである。

目標をもって行動し、その結果を振り返って、つぎの行動にフィードバックするという一連の改善行動は、それをPDCAサイクルなどと仰々しく言わずとも、大切なことであると思う。そうでなければ、成長のない、あるいは、成長したとしても伸び幅の小さい、教員人生となってしまうだろう。そういう教員集団を抱えることは、学校にとってもマイナスである。要は、その時その時の瞬間値を給与に反映させるという考え方が問題なのである。

他人に、自分の意見を押し付けようとは思わぬ。少なくとも僕自身は、常に目標に向けて進む、前向きな人間でありたい。そして、それに口をはさんで足を引っ張ろうとする人種を軽蔑する。