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見通し

職場のある先生と、職場全体の風潮のことや、見通しをもって仕事をすることとはいかなることか、という話をする機会があった。「ある言動によって起こる可能性のあることを予測して、それに応じて行動するのが、見通しを持つことだと思うがどうか。」と、その先生に教えられた。
そのような話をして下さるということは、少なくとも私は見通しを持った行動ができている人物のひとりとして認めて下さっているということで、大変にありがたいことだ。しかし、自分が、そんな高度なことを、ひとつひとつの事柄に対してやっているのかと言うと、はなはだ疑問ではあるのだが。
自らに降りかかる危機を回避するため、とか、相手の立場に立って気持ちよく仕事をすすめるため、とか、動機はいろいろあると思う。ただ、なにか人になにかをお願いするときに、そのお願いをされた人がどう感じるのか。それは考えて仕事をするかな、とは思う。
職場の空気はメンバーによって大きく変わる。前の職場はお年を召した方が多かったので、ゆったりとした空気が流れ、おおらかであったような気がする。仕事は若いもんがやればいいという、なんともおかしな風習もあったが。
今の職場はまた違った空気である。なにかピリピリしていて、みなに余裕が無い。かと言って、仕事をしているようにも見えない。メンバーのキャパシティが小さいのだろうか。それだけではなく、いわゆる、御大という立場の人がすごくうるさくて、そして、その考え方に組織として動きという観点がない。みんな思考停止に陥っているのか、もともとそういう人たちの集まりなのか、よく分からないのだけれど、よく考えて仕事をしたり振り分けたりするという習慣がない。なんでこの人がこの仕事に携わっているのか、とか、この人はいまどんな状況におかれているのか、とか、この先どういう風に物事が展開してゆくのだろうか、とか、考えて行動することは、しない。
我々が携わっている仕事は、リアルタイムに変化する。前例主義ではうまく進まない部分が、他の職と比べると多いと思う。しかしながら、一つ一つの仕事の規模が大きいから、過去の例をたたき台にしてものを考えないと、そう簡単には仕事を組み立てられないのもまた、事実である。長く居る人にとって、ルールは不文律にしてしまった方が得である。新参者には、過去どうだったかなど知る由もない。多少変だと思っても、うちはこうだから、と言われてしまっては、返す言葉がない。ベテラン必勝である。決して、勝負事では無いはずなのだが。
ベテランにはストックがある。存在しているだけで、新参者よりも有利なはずだ。ならば、新参者を育成するためにどうすれば良いか、という、大きな見通しを立てて行動すべきなのである。意識してか無意識か、既得権益を守ることだけに執心するベテランのせいで、新参者は良く考えることができなくなる。本当に良いものを組み立てていたとしても、不文律で動いているので、ベテランの根拠の無い意見で潰されてしまう。この積み重ねによって、新参者は考えなくなる。考えても無駄だと思えてしまうから。そして、新参者もまた、見通すことのできない人物にしあがってゆく。
業務の全体量が膨大なのは事実である。しかしながら、その振り分けを適切に行うことで、もう少し一人一人の負担感は抑えられるはずである。そのような大きな見通しがベテランや管理職にないことが、この職場の空気が良くならない一番の原因であると思う。そして、そのせいで、新参者も見通しを持たない人物になると思うのである。