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異動

前任校で、ビックリするような縁があった。転勤初日、新着任者はひとつの部屋に集められる。少し気が急いたのか、一番乗り。こんな日に一番になったところでやることも無いのに。暇なので、文庫を読んでいると、知った顔が。前々任校の前の校長だった。校長として停年を向かえられたその方は、とある大学の入試関連のポストを得られて、そちらで余生を過ごされていた。前々任校では1度、大学職員としてお見かけしたことがある。

すごいインパクトのある方だった。校長ともあろうお方が、生徒の中に入り込み、生徒に受け入れられる姿は異様だった。やり方は旧態依然そのもので、これで上手くいくのかと疑問だった。しかし、疑問はすぐに吹っ飛ぶ。生徒の懐に潜り込み、そして、いつの間にやら自分の懐に取り込む。ごく一部の困難な生徒は、生指部ではなく校長が手懐けていた。

さすが体育教師という感じで、力強くて清らかな言葉を持たれていた。僕の心の中にも、いくつか印象深く刻まれている言葉がある。その中の一つが、異動に対する考え方を教えてくださったときのものだ。

自分が学校にいることが、自分にとっても学校にとってもマイナスになっとき、異動を考えたらいい

確かにその通りだと思う。学校と教員との関わりを考えた時、ともにマイナスの関係でしかないのなら、教員は静かに引くしかない。公務員という性質上、次の地は約束されているのだから。

しかし、考えてみる必要があると思うのは、何を以てマイナスと判断するかという点だ。

「学校にとって」教員がマイナスの存在となるということは、随分考えやすい。その教員の存在が学校にとってお荷物にしかならなくなったとき、それは学校にとってマイナスなのだと思う。

例えば、なれ合いに陥り何の生産的活動もしなくなった教員は「コマとして学校を回す」という点でギリギリプラスの存在だ。生産的活動はせずとも、与えられた仕事を最低限度こなしているのであれば。

与えられた仕事をせず、それを他者がカバーするようになったとき、学校にとってゼロないしマイナスの存在になる。

学校の仕事は多岐にわたる。ヒラ教員からは一見なにもしていないようで、実は学校運営に携わる重要な仕事をしているかもしれない。はたまた、発展途上で、現状は仕事を遂行する能力が不足していて、他者がカバーせざるを得ないのかもしれない。

両者ともに学校にとってマイナスの存在とは言えまい。それが客観的には見極めにくいところが学校という組織の難しさである。そこを大局的視点で判断するのが管理職のマネジメントというものであろう。

逆に「教員にとって」学校がマイナスの存在となるということは、どういうことだろうか。

教員としての学校の日々は勉強の連続だ。教員が触れるヒト・モノ・コトは実に多種多様であって、必ずどこかには未知の要素が隠れている。一番わかりやすいのが対生徒・対保護者の場面だ。その主義主張にはある程度のパターンはあっても、前例とすべて同じということは、まずもってあり得ない。

未知のモノに立ち向かうには、大変なエネルギーを要する。経験がないうちは知らないことが多すぎて疲弊の日々を送るといっても過言ではないだろう。しかし、その日々は決して無駄ではなく、教員としての糧となって以降の実践に生かされる。成長するのだ。

経験が深まれば対処もうまくなる。一方で、省エネルギーを考え過ぎてしまう。これでは、成長はない。

教員が「勤務校で今後学ぶことはないであろう」という偏見に陥ってしまったり、マンネリを打開しさらなる成長を求めるようになったとき、教員にとって、学校がマイナスになるのであろう。

僕は、前任校がとても嫌いだった。学校が「組織」である以上、そこにはいろいろな人がいて、いろいろな考え方が混在する。その端々までが、自分の考え方と合うとは思わない。その意味では、完璧なまでに好きになれるところなど、存在し得ないと思う。どこに行っても嫌だ嫌だと言っている気がする。

しかし、それが嫌なことからの逃避なのか、そもそも自分にとってマイナスでしかない環境なのか見極めきれなかった。

ただ、新校舎の建て替えにともなってほとほと嫌気がさすことがあり、かつ、それが原因でいわれのない責任を負うリスクがあったので異動を待たず、強引に飛び出してしまった。

飛び出した先でもうまくいかなかったことを考えると、先の校長の弁をちゃんと聞くことができなかった性急さに反省させられる。しかしながら、飛び出さざるを得なかった不遇にやり場のない怒りを感じているし、飛び出すという判断に後悔はないことをいつでも確認できている。

願わくば次の職場では、飛び出さざるを得なくなるほど不遇には見舞われないように祈るばかりである。そして、一刻も早く安定した身分に落ち着けるように日々努力を重ねるのだと決意する。